ロゴについて

ウィリアム・アダムスは今日でも船の乗組員にとって不可欠なメンバーである航海士である。水先案内人とも呼ばれる航海士は、安全航路の確保に長け、最終的には船の安全な航行に責任を負う。

ウィリアム・アダムス・クラブ(WAC)のロゴは、当時の航海計器のひとつであるバックスタッフを使う水先案内人を描いており、キャプテン・ジョン・デイビス(1550-1605)が書いた航海マニュアル『The Seaman's Secrets』にある画像から引用されている。デイビスはイギリス女王エリザベス1世時代の主任航海士で、1592年のフォークランド諸島の発見を含む多くの航海を指揮した。彼の著書が最初に出版されたのは1594年で、ウィリアム・アダムスと同時期であり、1599年にロッテルダムから極東に向けて出発したデ・リーフデ号を含む5隻のオランダ東インド会社の船団に加わるためにイギリスを離れる前のことである。アダムスとデイビスは、開拓時代の海人たちの同じ輪の中で動いていたので、知り合いだったのかもしれないと考えるのは空想ではない。

ウィリアムアダムスクラブ

アダムスは他にも2つの最先端の航海計器を所有していたと考えられている。ひとつは、ウィリアム・バーロウの変針コンパスで、これはエリザベス朝後期のイギリスが誇るべき技術であり、また、1580年代後半から1590年代初頭にかけてロンドンに滞在していたクリストファーと呼ばれる日本人航海士と相談しながら製作したものだった。このコンパスはドライコンパスだったが、荒れた海でも水平を保てるようにジンバルに取り付けられていた。また、より耐久性のあるスチール針と優れた磁力を誇った。

バーロウとクリストファーとの会話は、日本人と英語圏の人々との最初の知的対話の記録であり、工業デザインと技術開発における日英協力の最初の例であると考えられている。そのため、このコンパスは世界史の中でも特別な位置を占めている。

16世紀に描かれた変針コンパス。任意の地点における真北と磁北の差を測定するために使用された。真北は天体観測から知ることができた。この版画は、1597年にロンドンで印刷されたウィリアム・バーロウ著『The Navigator's Supply』に初めて掲載された。

出典:Middle Temple Library /Science Photo Library

第二に、アダムスは携帯用のモリニュー地球儀を持っていたと考えられている。この地球儀はイギリス初のもので、1592年以降さらに小型化が計られたこの地球儀は、自国の新しい航海術の見本として、英国の船乗りが自慢げに携帯していた。ジョン・デイヴィスは地球儀についてこう述べている。

「地球儀の使用は、とても簡単で、確実で、見ていて楽しいものであり、その使い勝手の良さは一言では表せられない。あらゆる機器の中で、地球儀は世に出て間もないながら、優れたものであり、航法上の航路、迂回路を円周上から正しい向き、角度で示してくれる。それにより、経度、緯度を詳細に把握することができ、地球儀上から実際の距離を計算して明らかにできる。」

地球儀

出典:ロンドン、ミドルテンプル図書館提供

WACは、当時の水先案内人の仕事ぶりを表わすこの画像を、時代的にも正しいものとして選んだが、アダムス本人の画像ではない。バックスタッフは1594年にデイヴィスによって発明されたもので、天体の高度を測るために使われた。バックスタッフは太陽を間接的に観測することができ、乗組員の視力を損なうことがないため、その前身であるクロススタッフよりも大きな利点があった。アダムスが視力に問題を抱えていた形跡はないため、彼がこの計器を使用していたと考えるのが妥当だろう。

余談だが、デイビスは1605年、スマトラ島のビンタン沖で、倭寇と呼ばれる日本人海賊に殺された最初のイギリス人として知られている。デイビスの船が攻撃していた倭寇も、デイビスを海賊と見なしていた。

The Seaman's Secretsで描かれたバックスタッフを使う航海士。